Brionglóid

愛しの君に剣の誓いを

愛しの君に剣の誓いを

10

 なんだか、とんでもない誤解を受けたような気がする。
 どこでどう拗れたのかは解からないが、ともかく、この姫君は何か勘違いをしているんじゃないだろうか。それとも、単に自分の聞き間違いか?
 しかし――

 頭の中を混乱させつつも馬を引いて歩きながら、ラスティは思い切って馬上のローザを振り仰いだ。
「あの、僕は……
 と、そこで後方から複数の蹄の音が追いかけてきた。

「姫……!」
「あら、アンディ。お疲れ様」
 にっこり微笑みながら振り返ったローザは、アンディの様子がおかしいことに気づいて首を傾げた。
「どうしたの……?」
「い、いえ……

 力なく微笑み返したアンディは、ラスティの目から見てもおかしかった。何かあったのだろうか、と思った時、クラレンスと、それからウェインが追いついてきた。
「お前ら! まだこんな所うろついてたのか」
「兄さん……
「何ちんたら歩いてるんだ。連中に追いつかれちまうだろ」

 ウェインが近づいてくると同時に、アンディがちょっと身を硬くした。僅かに時間に差をつけて、顔を上げ、ウェインを見る。
 警戒しているのか、何も言わないアンディに、しかしウェインはいつもの調子で話しかけた。
「よお、さっきは悪かったな。……知らなかったんだ」
…………
「え、何のこと、兄さん……?」
 きょとんとして横からそう聞いてくる末弟に、にやりと笑って「何でもねえよ」と告げると、ウェインはふわりとした身のこなしで馬を下りた。

 兄達の分の荷物まで括りつけたラスティの馬が、到底乗っていける代物ではないと見て取ったのだろう。ラスティが何も言わないうちに荷を外し始めた。当然、クラレンスもそれに倣う。ラスティは慌てて手伝った。
「僕がやるよ」
「いいって。それよりお前、『お友達』に追っ手の状況詳しく聞いとけよ。あと、水筒に水は汲んだか?」
 ラスティの手を制しながら、長兄は早口で言った。そのことに、あれ、と思いながらラスティは頷いた。
「水は大丈夫、あそこを出る前に全部補給したから。追っ手もまだ……何か変わったことがあったら教えてくれるって」
「そうか」

 手早く荷物を括りなおした兄達は、それぞれ身軽に馬に飛び乗った。
「まったく、たった二人を追いかけるにしては随分大盤振る舞いだよな、コリィンの王だか王子だか知らねえけど」
 ウェインはやれやれ、と肩をすくめた。それから、ラスティの隣にいるローザに視線を投げる。

「なあ、こいつの他にも騎士はいたわけだろう? お子様なあんたに剣を捧げる奴がいなくたって、普通、親父サンの方が気が気じゃねえだろう。厄介な予言背負った一人娘を、蛮族のじじいにくれてやるよりは信頼できる臣下に託すとか、周りの貴族の息子に頼むとかするもんじゃないのか」
 ウェインがそう言うと、ローザはつん、とそっぽを向いた。
「馬鹿にしないで頂戴。他に頼むまでもなく、私にだって騎士は沢山いたわ」
「へえ。その中でこれってやつはいなかったのかい?」
…………
 ぐ、と押し黙ってしまったローザである。

 ローザの恋人はてっきりそこのアンディだと思っていたラスティは、一人困惑したように彼とローザを見やった。
 だが、アンディも黙ったまま、二人のやり取りを聞いている。

「確かに皆優しかった。いろいろ尽くしてくれたし、甘い言葉だって沢山くれたわ! 予言のことを知らなくとも、私を争って決闘する人たちまでいた……!」
 手綱をぐっと握り締め、どこか悔しそうにローザは言った。思い出すのも腹立たしい、といった様子で。

「でも……でもそんなの全部タテマエ! 蛮族に狙われていると知ったら、殆どが手の平返したように……! 勇敢に立ち向かっていった人もいるにはいたわ。だけど、気合と実力は比例しない物だって思い知らされただけだった!」
「全員敗退したわけか……
 ぼそり、とクラレンスが言った。

 ローザは尚も、握り拳を作って力説する。
「それで私わかったのよ! 理想の騎士に守ってもらう為には、待ってるだけじゃ駄目なんだって! 自分から行動を起こさないといけないの!」
……か弱いんだかそうでないんだか判らん論理だな」
 ウェインが言った。

「まあ、おかげで、一番最初のあの非常識な物言いの理由は理解できたが」
「何よ! 非常識はあなたもでしょう!? 一緒に育ったかなんだか知らないけど、いくらラスが剣が使えないからって女の子にこの扱いはないんじゃないの!? 騎士見習どころかまるで召使じゃないの! 酷いわよ!!」
「はあ?」
 ウェインだけでなく、クラレンスまでもがぎょっとして姫君を見た。懸念が的中してしまったラスティは、「ああ、やっぱし……」と馬の上で肩を落とした。

 ローザは何をどう受け取ったのやら、ラスティを女だと思い込んでいたらしかった。