Brionglóid
愛しの君に剣の誓いを
05
一行はそれから、森を北上した。
ライアン侯の領地が国の北にあったためだが、それ以外にも、追っ手のつけた多数の蹄跡を逆行していたら自然にそうなってしまったせいでもある。
彼らは慎重に森を進んだ。
先頭をウェインが行き、真ん中がローザとラスティ、殿がクラレンスという隊列である。
日差しが暑かったが、森の湿った土がかすかに冷気を放っていて、息を深く吸うと暑さがちょっとだけまぎれる気がした。
しばらく行くと、蹄の跡が乱れた所を発見した。
「お姫さん。あんたが騎士と二手に分かれたってのは、きっとこの辺だな。見覚えあるかい?」
馬を止めて、ウェインがそう訊いた。ローザは地面を見つめて、それから辺りを見やり、困惑したように答えた。
「多分……でも、覚えてないわ。逃げるのに必死だったし……」
「もうひとつの集団は、西へ向かったと見える……」
クラレンスが、蹄の跡を視線で追って言った。
確かに、そちらの方を見れば脇から出る小枝が折れていたり、羊歯が踏みにじられていたりと、騎馬の一団が通った跡が見られる。
「追いかけてみるか……」
言うが早いか、ウェインが「ハァッ!」と掛け声ひとつ立てて馬の腹を蹴る。蹄の跡をなぞるように、森の中を駆けていった。
「僕達も行こう」
頷き合って、残る三人もまた、ウェインの後を追いかけた。
森の中を小走りで進んでいくと、斬られた騎士達の呻く姿と、乗り手を失って途方に暮れたような馬達に出会った。この場だけで七、八人は地に倒れこんでいる。
「へえ。たった一人で、結構やるみたいだな、あんたの大事な騎士様は」
ウェインが、茶化すように口笛を吹いた。すると、ローザは唇を尖らせて答えた。
「当たり前よ。アンディは私に剣の誓いを立てた騎士の中でも、一番の戦士だもの」
「はいはいご馳走さん。んじゃ、手遅れにならないうちに行きますかね。いくら強いったって一人じゃな」
軽口を叩いて、ウェインは馬首を巡らせた。一同は更に西を目指す。
と、少しも行かないうちに、剣戟の音が聞こえてきた。
「お、良かったじゃねえか。まだ生き延びてるみたいだぜ」
ウェインが少し手前で馬を止めてそう言った。見たところ『若い騎士』という形容が使えるのは一人だけだったので、それほど長い時間観察する必要はなさそうだった。
ウェインはローザを振り返った。
「あんたの言うアンディってのは、あれだな?」
「ええ……ええ、そうよ! ああ、アンディ……!」
大きな瞳に涙をためて、ローザが剣を振るう騎士を見つめる。
ウェインもクラレンスも動かなかったのは、戦闘が既に終結に向かっているのを目で知ったからだった。
姫君に誓いを立てたという金の髪の若い騎士は、疲労の色こそ伺えたが、それでもやっぱり強かった。やがて彼の勝利という結果のもと、戦闘は終了し、その瞬間を待ちに待っていたローザは騎士の名を呼んだ。
「アンディ!」
「姫……ッ!」
驚きを隠しもせずに振り返ったその騎士は、これまた大層な美青年だった。髪はウェインのものより更に淡い色合いをしており、緩やかな波を描きながら肩にかかっている。戦いの後で頭髪は乱れていたが、かえってきらきらと光を乱反射して美しかった。顔立ちも、クラレンスのような甘い造りをしている。が、クラレンスよりも目つきがやや鋭く、神経質そうな印象を受けた。
その騎士は、ローザを取り巻く男達に目を留めるや、きつい眼差しを更に吊り上げて、今し方振るっていた剣をもう一度振り上げて襲い掛かってきた。
「おのれ……ッ! 姫君を離せ!」
「うわ、何だこいつ!」
いきなり斬りつけられ、ウェインが慌てて応戦する。流石に攻勢に出るわけにも行かないウェインだったが、相手が疲労の極致にいたことも幸いして、何とかやり過ごした。だが、元々防戦はあまり得意ではないウェインだ。防ぐ一方というのにも限度がある。
「おい、姫さん! 何とか言ってくれよ、こいつに!」
「あ、アンディ! 違うのよ、この人達は違うの……! お願い、剣を収めて!」
「このぉ……!」
ローザが一生懸命諭すが、どうもどこか切れてしまったらしい騎士の方は、彼女の声すらも聞こえないようだった。ローザが浮かべていた涙の意味を、すっかり穿き違えてしまったようである。
「うわ!」
ひゅ、と切っ先がすぐ傍を掠め、馬上のラスティが青褪めて仰け反る。危険だと悟ったクラレンスが、ラスティとローザを庇うように馬を前に進め、剣を抜いた。
舌打ちして、ウェインがとうとう斬って出る。いくら手練とはいえ、疲労した相手ならばウェインの敵ではなかった。
「馬鹿野郎、落ち着け!」
怒鳴りつけると同時に、ウェインがアンディの剣を弾き飛ばした。間髪置かず、切っ先を咽喉許に向ける。
「ぐ……ッ。こ、殺せ!」
アンディは、剣を向けるウェインを真っ向から睨みつけた。
「阿呆。別に望み通り殺してやってもいいがな。お前、そこの姫さんはどうするつもりだ。え?」
「うっ。ひ、姫……!」
騎士は、身動きの取れないまま、目線だけでローザの姿を探した。
ようやく安全になったことを確認して、クラレンスの後ろから出てきながら、ローザは困ったように騎士に言った。
「アンディ。この人達は敵ではないわ。味方よ。お願いだから落ち着いてちょうだい」
「み、味方……?」
「そう。私と一緒にあなたを探してくれてたの」
「…………」
騎士は、呆然として目の前のウェインを見、ローザの横に控えるクラレンスを見た。
そこでやっと、ウェインも剣を収める。今度はすっと下から剣の柄が差し出されて、騎士は振り向いた。
ラスティが、飛ばされた彼の剣をわざわざ馬を下りて拾ってきたのだった。
「どうぞ」
「あ、ありがとう……。君は……?」
呆けたように、騎士はラスティを見てそう訊ねた。
確かに、他の二人はともかく、若いラスティだけは追っ手には見えなかったのだろう。やっと、状況を飲み込み始めたようだった。
ラスティは、出来るだけゆっくりと、彼に説明してやった。
「ラスティ。ラスでいいです。こっちの、金髪のが僕の一番上の兄でウェイン。で、こっちが二番目の兄のクラレンス。……あなたのお姫様から頼まれて、ここまであなたを探しに来たんです」