Brionglóid

愛しの君に剣の誓いを

愛しの君に剣の誓いを

04

 ウェインとクラレンスの二人は、十騎はいたであろう追っ手を綺麗に片付けて、こちらへと早々に戻って来た。
 労いの言葉をかけながら水筒を差し出し、落ち着いたところでローザの話を二人に告げたラスティである。

「はあ?」
「だから、途中でお供の人とはぐれちゃったんだって。ねえ、探してあげようよ」

 血糊のついた剣の手入れをしつつも、あからさまに面倒くさそうだという顔をするウェインに、ラスティは必死になって頼み込んだ。

 ローザが言う事情とは、こうだった。
 実は、彼女は嫌な相手と結婚させられそうになったのを、うまくかわして逃げ出してきたところなのだという。幼い頃から自分の世話をしてくれていた、その若い騎士と二人で。追っ手に追われる際に囮になってくれた騎士を、何とかして助けたいのだ、と。
 その話はラスティの胸に小さな針を落としたが、その痛みを堪えて、ラスティは兄達に訴えたのだった。

 ウェインとクラレンスは一度顔を見合わせ、それから末弟の顔を見て、互いに苦笑しあった。
「ったく……しゃあねえな。言っておくが、俺達は高いぜ、お嬢ちゃん」
 ウェインが溜め息混じりにそう言えば、片やクラレンスの方は、真剣な表情で兄達を見つめるラスティの頭を、微笑みと共に黙って撫でてくれた。
「報酬はきちんと払うわ」
 生真面目な口調でローザが言う。まだ、ウェインに対する警戒心が解けないらしい。彼と話す時だけ、ローザは頑なな態度を取った。

「ラスに免じて引き受けてやるさ。だが、払えなかったその時は覚悟しておけよ。身体使ってでも払ってもらうからな」
「な、何ですってーッ!?」
「ちょ、ちょっと、兄さんったら……女の子相手にそれはないだろ?」

 真っ赤になって声を上げたローザを庇う様に、ラスティが間に入る。が、ウェインはそこでは黙らなかった。
「でもなあ。こんな乳臭いガキじゃ、どれだけ稼げるか分かったもんじゃないよな。幼児趣味の金持ちでもいればいいんだが」
「ちょっと! あなたさっきから聞き捨てならないわ! 今に見てなさい、私だって金持ち男の一人や二人、立派にたらしこんでみせるわよ。耳揃えて払ってやるから待ってらっしゃい!」
「ふん。どーだかな」

 歳の離れた少女を相手に何からかってるんだと、ラスティが更に止めに入ろうとしたのを遮ったのは、次兄クラレンスだった。
「クレア兄さん。止めさせよう、いくらなんでも悪乗りし過ぎだよ」
 そう言った末弟を、寡黙な次兄は困ったように見つめた。
「……お前が、あんまりお人好しだからだ」
「へ? 僕?」
 きょとんとして聞き返したラスティに、やはりちょっと困ったように微笑んで、それからクラレンスは顔を上げた。

「ウェイン。その辺でいいだろう」
 静かなその声に、喧々ごうごうと熱戦を繰り広げていたウェインとローザは、ぴたりと動きを止めて同時に振り向いた。
「何だよクレア。文句でもあるのか」
「……。ローザ姫の本名は、おそらくローズマリー・グレイス・ライアン。違いますか」
「ち、違わないわ」
 ローザは、クラレンスの言葉に少々怯んだ様だった。気まずそうに視線をそらしている。

 しかし是との答えを得て、クラレンスはウェインに向けてこう言った。
「ライアン候は、現国王ライオネル二世の叔父だ」
「!」
「何も身体を売るまでしなくとも、報酬は充分に望める」
「……へえ」
 にんまり、とはまさにこういう笑顔のことを言うのだろう。ウェインの表情を見て、ラスティは漠然とそう思った。

「いい事聞いたぜ。しかしお前、それで本当にお姫様だったなんてなあ」
「う、うるさいわねッ! あんたこそ、その外道ッぷりで我が国の騎士だなんて、恥曝しもいいところだわよ。頼むから国外への遠征部隊になんて絶対に参加しないで頂戴ッ、国辱ものだわ!」

 せっかくクラレンスが止めた口喧嘩も、あっという間に再開してしまう。今度ばかりは、クラレンスも溜め息をつくばかりで止めに入ろうとはしなかった。
 太陽は、そろそろ中天に差し掛かろうとしていた。