Brionglóid

愛しの君に剣の誓いを

愛しの君に剣の誓いを

02

 ……ひとつ、ここで補足しておく。

 この国の騎士というのは、何も主君にのみ剣を捧げるわけではない。愛しい姫君に対し、命をかけて愛を誓うことの証明として、剣を捧げるのもそれに入る。
 引く手数多(あまた)な姫であれば抱える騎士は数十にも昇り、彼らは力で競い贈り物などでも競い合って姫の心を射止めようと頑張る。

 だが、この場合はあくまでも『恋した姫君』に『騎士の方から』剣を捧げるわけであって、姫君の方から強制的なご指名をいただくことはまずない。
 もちろん、出会ったばかりの少女に自分のために身体を張れと言われて、素直に頷く男もいないだろう。

「ああ? ただ働きさせようってのか? 他を当たりな」

 立ち上がりもせずにウェインがそう言うと、さも意外だったと言わんばかりに少女が目を見張った。次いで、甲高い声で喚き立てた。

「れ、レディーが困っているというのに、あなた、助けないつもりなのっ!? あなたそれでも騎士ッ!?」
「そんだけ威勢の良いレディーなら一人でも大丈夫だろ」

 少なくとも十歳は年下だろうその少女を、長兄ウェインは冷たくあしらった。
 だが、そのまま小道を駆け抜けていった追っ手が、少女がいないことに気づいてまた道を引き返してくるのを目で確かめると、にやりと笑ってこう言った。

「ま、礼次第じゃ手を貸さないでもないぜ。自分の生命、金に換算してみな」
 この非常事態に鬼畜のような男である。

 勇者然とした外見からは想像もつかないようなやくざな台詞を吐かれ、少女は怒りで顔を真っ赤にした。
「最低……! あんたなんか最低よ!!」
「結構。世の中金だぜ、お嬢ちゃん」
 にっこりとウェインが微笑する。まさに悪魔の微笑であった。

 こんな風に言われてまで何も彼ら三人に頼らなくとも、馬を駆って今のうちに逃げればいいだろうに、すっかりウェインの術中にはまってしまった少女はそんなことも思いつかないようだった。

 少女はあまりのことに唇をかみ締めてその場に立っていたが、やがて観念したように、小さな声で呟くように言った。
「わかったわよ……」
 と、細い指から宝石のついた高価そうな指輪を外し、ウェインの前に放った。

 この指輪ひとつあれば、甲冑一人分くらい余裕で新調出来るかも、なんてラスティは俗っぽいことを考えた。
 しかし、当のウェインは動こうとしない。

「……いたぞっ!」
 背後から声が聞こえた。

「ああもう! これでも足りないっていうの!?」
 少女は焦った様な仕草で、腕輪と、耳飾も外してウェインに投げつけた。

 が、それらは地に落ちて散らばることはなかった。
 ウェインが立ち上がりざま、全てを見事空中で鷲掴みにしたのである。

 そして、無造作にそれらを懐へと押し込みながら、また違った種類の微笑を少女に向けてよこした。
「毎度あり」
「…………っ」

 思わず赤面して硬直した少女には目もくれず、ウェインは大股で馬に歩み寄った。
 手早く手綱を解いて飛び乗ったかと思うと、腰の剣を抜いて馬の腹を蹴り、追っ手の方に単身乗り込んでいく。

 少女はへなへなとその場にへたり込んでしまった。地面からは、いつの間に拾ったのやら、指輪まで綺麗に消え失せている。
 少女は唖然としていた。が、今度は突然横から顎を掴まれて強引に振り向かされたので、驚いて目をしばたいた。すぐ目の前にクラレンスの整った顔があったものだから、更に驚いて言葉を失ってしまった。

「な……ッ」
「……ぎりぎりで、合格だ」

 少女の顔をひとしきり眺めた後でそれだけ呟くと、クラレンスもまた騎乗し、剣を抜いて長兄の後を追っていった。