Brionglóid

愛しの君に剣の誓いを

愛しの君に剣の誓いを

07

 口を開いたのはアンディだった。

「……我々が城を出たのは、姫が無理な結婚を迫られた為です。その相手と言うのが……実は隣国コリィンの国王と、第一王子の二人なのです」
「は? コリィンの王ってーと……。ちょっと待て、六十過ぎた爺さんじゃねえか。リチャード王子にしたって、もう四十は行ってるだろ」

 ウェインは素っ頓狂な声を上げた。だがアンディは、あくまでも生真面目に頷いた。
「そうなのです。そして、ご存知だとは思いますが、コリィンは我が国と同じ騎馬民族の国とはいえ、向こうは狩猟が主体の遊牧の民。農耕の技術を持っていないので生産力が低く、よって略奪行為ですら正式な産業として認められている、蛮族の国なのです」
「そういえば、ライアン侯の領地は国境沿いだったな。なるほど、強引な連中に言い寄られて、思わず逃げ出してきたってわけか」
「そうです」
「だが、解せないな」
「えっ」

 腕組したウェインに睨まれて、アンディは弾かれたように顔を上げた。ウェインは、騎士と姫君の両方を交互に眺めた。
「現国王ヘンリー十四世も、リチャード王子も、美人と名高い正妻が既にいたはずだ。今更こんな乳臭いガキに食指が動くとは、どうも思えないんだがね」
「ち、乳臭くなんてないわよ、失礼なッ!」
 顔中を真っ赤にして反論したローザを敢えて無視して、ウェインはアンディに向かって問いかけた。
「まだ、何かあるんだろ?」
「……」
「どうなんだよ」
「……実は……。姫君の誕生に際し、とある樫の賢者(ドゥルイド)から予言を受けたのです」

 ウェインが、ふとクラレンスと目線を合わせた。アンディは、それに気づかず更に告げた。
「姫君がお生まれになる前、正確には、奥方が御懐妊なされる前に、ライアン侯が狩猟に出た森の中でとある小妖精を助けたのだとか。樫の賢者(ドゥルイド)はその時の礼だと言って、姫君誕生で賑わう城に、ふらりと現れたのだそうです」

 その樫の賢者(ドゥルイド)は、魔法語(ルーン)を混ぜた祝福の詩を高らかに歌い上げた後、揺りかごに収まった赤子にこう言ったのだという。

『この子はあらゆる幸福の象徴。
 きっと美しく成長し、その微笑みは妖精達をも魅了する。
 その歌声は、小鳥達でもかなわない。
 この姫君の吐息は荒地に生命の炎を灯し、その指が触れたものは土くれであっても金と銀に変わるだろう。
 彼女の座る大地は栄え、あらゆる祝福を受けるに違いない』

「それゆえ、ローザ姫は“幸福の姫”と呼ばれ、それはそれは大事に育てられ……」
「ちょっと待て」
 思い切り脱力したウェインが、思わず握り拳を震わせてアンディの言葉を遮ったのも、まあ当然と言えば当然のことで。

「個人的にはえらく興味のある話だ。だがな、それのいったいどこが幸福だ? 世の中善人ばかりじゃねえんだぞ、そんなもんがあったらかえって災厄呼び込むだけだろうが!」
「しかし……そうは言われても、樫の賢者(ドゥルイド)としては最大限の礼を尽くすつもりでそう言ったようですし」

 困惑したように、アンディが小首を傾げる。
 ラスティも、うーんと考え込んで、隣に座る次兄を見た。
「感謝の気持ちを表したいっていうのはわかるけど……その魔法使いも、ちょっと考えなしな人だったかもね」
「しかし、話の割にはそんな噂は聞いたことがない。あまりに安直な内容だったのが幸いして、今まで本気にした者が少なかったのだろう……」
 あくまでも穏やかな物腰で、クラレンスはそう言った。アンディが続ける。

樫の賢者(ドゥルイド)(うた)ったのはある種の魔詩(まがうた)でした。つまり、成長した彼女を手に入れた者によって、鍵が外されて効力を表す類の(まじな)いなのだと、その場に同席した吟遊詩人(バード)が申しておりました。それでコリィンの方々が、先ごろローザ姫が十五の誕生日を迎えたその日に、躍起になって姫を手に入れんと我が領地に乗り込んできたわけです。親子で互いに先を越されまいと、本来なら我が国の王にも当然通さねばならない話だというのに……」
「……。なるほどな」

 アンディの言葉に短く呟いて、ウェインは突然立ち上がった。クラレンスもそれに続いて立ち、二人は馬の方へと歩いていった。
「事情はわかった。連中が、やたらとしつこい理由もな」

 ばっと、アンディが森の奥に目線を走らせた。傍を流れる小川のせせらぎに混ざって、確かに蹄の音が聞こえていた。
 姫君に頷いて彼女から離れ、アンディもまた馬上の人となる。

「ラス。荷物まとめてな。構わないからお姫さんと逃げてろ。川沿いに下っていけ」
「わかった。兄さん達も、気をつけて」
「ああ」
 馬首を巡らせて駆けていく三騎をわずかの間だけ見送った後、戸惑った様子のローザの横で、ラスティもまた行動に移った。