Brionglóid

海賊と偽りの姫

海賊と偽りの姫

天空の蒼(セレスト・ブルー)』の海賊たち

17

「つまりは、妬みが原因ってことなのか?」
 そこでスタンレイが、派手な溜め息をついた。苦い表情でバートレットを見る。
「だから、ライラを海に落として殺そうとしたと? ずいぶん短絡的だな。お前らしくもない」

「はん。どうせ頭領のお気に入りの座をお嬢ちゃんに奪われて、ヤキが回ったんだろうぜ。まるで嫉妬に狂った女みてえな奴だ」
 カールとジェフが揃って蔑むような笑い声をあげる。バートレットは反論せずに堪えていた。真っ直ぐに、ルシアスだけを見つめて。

「笑うな」
 ルシアスの声が飛んだ。
 怒声でもないのに、その一言だけで男達は我に返って居住まいを正した。
 静かになるのを待って、ルシアスは再び口を開いた。

「ここに来る前に、ライラには簡単に話を聞いている。お前達の言い分も聞いて、大体のことは把握できた。確かに、手を差し伸べた者はいなかったようだな。――黙って見ているだけで、誰も」
……
 カールとジェフがこそこそと視線を交わす。

「ライラが掴みかかられて引きずられている間、お前達は何をしていた? お前達の言うとおり、二人が揉み合っていたというなら制止の言葉くらいかけそうなものだが。この船にあって俺の客を危険な目に合わせるのはもちろんのこと、それを高みの見物とはどういうことだ」

 ルシアスの表情と声は静かだが、激しい怒気をはらんでいることは室内の全員が感じ取っていた。カールとジェフを見ると、大の男達が身を縮ませるようにして俯いてしまっている。

「それは、その……
「お前ら三人とも、彼女を殺そうとしたことに変わりはない。この船は規律を重視する。無抵抗の女子供を殺害しようなどもってのほかだ。全員、この船に乗る資格はない」
「そんな、頭領……!」
 カールとジェフの顔色が目に見えて変わった。

「今更他の船なんて無理だ! ここを出されたら、俺はやっていけねえよ!」
「そ、そうだ! ようやくまともに給料の出る船にありつけたってのに……!」
 バートレットの顔色もまた、真っ青になっていた。固く握った拳が、少し震えているようにも見える。
 ルシアスの発言は、ライラにしてみれば、この話し合いの前に彼女が言ったことをそのまま借りたものなので、そこまでの驚きはない。だが、バートレット達は違うだろう。

(あれだけルースに心酔しているんだ。鞭打ち刑なんかよりも、この船を出されることのほうがつらいだろう)
 見れば、ルシアスはからかっている風でもない。ライラは溜め息をついた。

「ルース。お前がけじめをつけると言ったのを承知で頼みがある」
「なんだ、また減刑嘆願か?」
 こちらを振り向いたルシアスは、冷たい笑みを浮かべていた。ライラは何とか舌打ちしたいのを堪える。こういう所はいちいち癪に障る男だ。

「そうだ。彼らの話が誇張されているのは気づいただろう? 単なる事故だったことは事前に言ってあったはずだ」
 カールとジェフが目を()く。あれだけ理不尽な扱いを受けていたライラが、事故だと言い切ったのが余程意外だったのかもしれない。

「この二人は、掴みかかられている私なんか最初から見ていない。そんなこと実際には起きてないんだから。バートレットに殺意はなかったし、彼らは私を見殺しにしたわけでもない。だったら、その処分は必要ないんだ」

 処分は必要ないと聞いて、カールとジェフは縋るような目をライラに向けてくる。バートレットは険しい表情のままだ。嫌いな相手に庇われるのが不本意なのだろう。
 ルシアスは、ライラをじっと見つめてきた。
「そうだったとしても、船の上での命令違反や虚偽報告は十分それに値するさ」
「無罪放免にしてほしいとは言わない。でも、大の男三人から仕事を奪うのはやりすぎじゃないか?」

 ルシアスは椅子から立ち上がると、正面からライラを見下ろした。体格の優位を利用した、威圧的な体制だ。

「やりすぎ? お前の嫌いな体罰ではないし、何も命を奪うわけじゃない」
「それは詭弁(きべん)だ。仕事を奪われたら、彼らだけじゃなくその家族だって路頭に迷う。結果的に命を奪うことにもなりかねない」
 ライラは彼の眼差しを真っ向から受けて立った。顎をあげ、一歩も引かない構えで見つめ返す。威圧してくる相手には、一瞬でも怯んだら負けなのだ。

 他の男達は固唾(かたず)を呑んで見守っている。彼らは自分達の頭領の決定を覆すことなどできる立場にない。ライラにすべてを任せるしかなかった。

 するとルシアスは、小さく笑った。
「相変わらずお優しいことだ。だが事故だったにしても、こいつらのせいでお前の命を奪われかけたのは事実だ。見過ごすわけにはいかない」
「それは、そうだけど……っ」
「そして俺も、お前を失いかけた。それを笑って許せと?」
……っ」

 ライラが言葉に窮すると、ルシアスの纏う威圧的な空気が少し緩んだ。
 彼は、視線を入り口側に佇む三人に向けて言った。
「ではこうしよう。追放しない代わりに、お前達には港につくまで毎日甲板磨きと汚水(ビルジ・ウォーター)の汲み上げをさせる。一日最低一当直時間(ウォッチ)だ」

 男達の表情は強張っていた。一当直時間(ウォッチ)――四時間だ。重い砥石(プレイヤーブック)を使って這いつくばりながらする甲板磨きも、船底に溜まった汚水(ビルジ・ウォーター)を汲み上げて捨てる作業も、単調で体力を消耗するきつい作業だった。

 だが、バートレットは幾分ホッとした様子で頭を下げた。
「ご温情、有り難うございます」
「礼ならここの女剣士殿に言え。彼女が俺に対してお前を庇うのは、これで三度目だからな」

 ルシアスにそう言われ、バートレットは愕然としたようだった。
 そして彼は、ぎこちない動作ではあったが、ライラに対しても深く一礼をした。


「こんなもので、どうだ?」
 バートレットら三人が部屋を退出した途端、再び椅子にどさりと腰を下ろしたルシアスがライラに訊いてきた。
 ライラは愕然として訊き返す。
「こ、こんなものって」
「落とし所さ。お前が予想どおり刃向かって来てくれて安心した。でなければ、有能な部下を他の船にむざむざ譲ってやる羽目になったからな」
……

 ライラは絶句した。開いた口が塞がらないとはこのことだろう。
 スタンレイも呆れた口調で言った。
「まったくあなたって人は……。頼みますよ、頭領。事前に何も言われてないこっちは冷や冷やモノだ」
「そうしようかとも思ったが、ライラは感情がすぐ顔に出る(たち)だからな。途中でバレたら台無しになる」

 しれっとして言うルシアスにライラが毒づく。
「はっきり単純だと言ってくれたほうが気が楽なんだが」
「素直で結構だと言ってるんだ。……そんなことより、俺達自身も思った以上に(たる)んでいるようだな。スタンレイ、改めて意識の引き締めを徹底させろ」
「アイ、サー」

 打てば響くようなスタンレイの応答を見て、ライラはぽつりと呟いた。
「それにしても、カールやジェフの目的は結局何だったんだろう」
「ん?」
 呟きを聞きつけて片眉を上げたスタンレイに、ライラは疑問を口にした。

「あなたやティオのように仕事に忠実な船員が多い中で、彼らみたいな行動を取る者が出てくるのが不思議で仕方ないんだ。気に食わない相手に対する、ただの嫌がらせだったってことなのか?」
 彼女の率直な問いに、航海長(マスター)は苦笑で答えた。
「ただの、と言っていいのかはわからない。妬みってのは複雑だからな」
「妬み?」
 訊き返したライラに、スタンレイは頷く。

「バーティは優秀で、一般水夫の中でも役職に近い位置にいる。嫌な奴だと思われがちだが、頭はいいし真面目だし、言ってることは正論であることも多いんだ。しかしそれを年下の若造から言われたら、カチンとくるものさ」
 自分に対しては言いがかりに近かったけど、とライラは思ったが口には出さなかった。
 スタンレイはそれに気づかず続ける。
「自分より若い奴が評価され、一目置かれているのが面白くないから躓かせてやりたい。どうせそんなところだと思うけどね」

「相手より努力して追い抜こう、という方向にはならないんだな」
 うーん、とライラが考え込むと、頬杖をついたルシアスが言った。

「そこまで出来た人間ばかりじゃないさ。あの二人は昨年入ってきたばかりで、まともなやり方では追い抜けない。それでも地道にやっていれば、いつかは可能性があったかもしれないが……
「海の男は基本的に短気ですからねえ。だからって正当化はできませんが」
 スタンレイも苦笑いする。

「それじゃ、俺はこの辺で。処分内容を皆に知らせてこないと」
「ああ、任せた」

 航海長(マスター)はルシアスとライラに会釈すると、身を翻して颯爽と部屋を出て行った。組織内が(たる)んでいる、という指摘が彼の動作にも多少影響したのかもしれない。

 ルシアスは再びライラに向き直った。
「船室の掃除は終わっているか?」
「いや、まだ」
 そういえば、医務室(シック・ベイ)から火酒を持って向かっている最中にバートレットに遭遇したのだった。辛うじて手放さずに済んだ火酒は部屋に置いてあるが、だからといって今から掃除はできそうもない。

 ルシアスは、そのことを特に気にする風でもなかった。むしろ深く息を吐く様からすると、彼も彼で疲労しているようだった。
「まあ仕方ない。掃除はいいから、酒を出してくれ。なんだか一杯やりたい気分だ」
「わかった」
 頷いて、ライラが出口に向かおうとした丁度そのとき、外から声が届いた。

船がいるぞ(セイル・ホー)!」

第二章 Fin.