Brionglóid

海賊と偽りの姫

海賊と偽りの姫

天空の蒼(セレスト・ブルー)』の海賊たち

04

 その場にいた海賊達が一斉に気まずげな表情をした。
 向こう側に立っていたのは、白い肌と濃い色合いの金髪をした青年だった。
 年の頃は大体レオンやマーティンと同じくらいだろう。ライラも何度かルシアスと一緒にいるところを遠くから見かけたことがあったが、黒の色調が多いルシアスと並ぶと、まるで対のようだと思った記憶がある。

 その青年ことバートレットは、蒼灰色の瞳でその場に転がった角灯(ランタン)を一瞥し、それからそこにいた仲間達を見据えた。
「こんな所に集まって何を?」
「見てのとおりただの世間話だ、そうカリカリすることなんざ何もないぜ」

 ギルバートが平然と答える横で、マーティンが磨き終わった角灯(ランタン)を幾つか抱えて立ち上がった。
「これ、元の位置に戻してきますね」
 ライラに向かって言ったのだが、バートレットはそれを見逃さなかった。

「マーティン。これは頭領がライラに言いつけた仕事だ。余計な手出しは頭領の意に背くことになる」
 マーティンは軽く驚いたように振り向いた。
「……別に背くつもりなんかない」
「ではそれを置いてくれ。彼女の仕事だ」
 バートレットは硬い態度を崩さずに言う。マーティンだけでなく、レオンもバートレットを見つめた。しかしバートレットは、それを無視してライラに向き直った。

「あんたもあんただ。急に押しかけてきたんだから、食い扶持くらい自分で稼ぐのは当然だろう。なのに、その程度の作業も一人でできないのか?」
「そんなつもりは……っ」
「そう噛み付くなよ、バーティ」

 反論しかけたライラの言葉を遮るようにして、いつもの調子で横から割って入ったのはハルだった。
 ライラを背に隠すように、物理的にも壁になる位置に彼が立ったので、ライラはそれ以上の発言を飲み込まざるを得ない。

「ライラが言われたのは角灯(ランタン)磨きだけらしいぜ。回収と設置までやれとは言ってなかったんだろ。第一、それぞれの設置場所だってライラじゃわからんし、結局誰かの手は必要だ」
「わからなかったらやらなくてもいい、なんて道理はないでしょう」
 バートレットはあくまでも退かない構えだ。年長者であるハルとギルバートすら、やや呆れた様子で顔を見合わせる。

 やれやれ、といった様子でギルバートが溜め息をついた。
「確かにこいつはお前の敬愛する頭領が命じた仕事でもあるが、それ以前にルースは、彼女は客だから大事に扱えとも言ったんだぞ。ライラは新入り水夫じゃなくて、客だ」
「そんなのは厚意から言っただけですよ。頭領は仁義を重んじる人だ。でもこの船は客船じゃない。彼女の配給分をみんなの分から削って確保しているなら、ここでの扱いは公平であるべきです」

 先輩格が相手でも、バートレットは怖気づくどころか毅然とした態度を保っている。
 この冴え冴えした色合いの瞳で睨まれると、気の弱い人間なら一瞬で凍りついてしまいそうだ。
 実際、ハルとギルバートだから張り合えているだけに見える。この場にいるのがレオン達のような同格かそれ以下の者だけだったなら、彼の主張はすんなり通って、ライラはひとり角灯(ランタン)の山の中に取り残されていたに違いない。

(しかし、気まずい空気になってきたな)
 ライラは庇ってくれたハルの後ろで、居心地の悪さを感じていた。普段は気のいい海賊達が自分のことで揉めるというのも、何だか申し訳ない気持ちだ。

 だが、バートレットの言うことにも一理ある、とも思った。
 物資の限られた船上で、たった一人増えるということがどれだけ迷惑か、確かにライラは考えすらしなかった。

 この雑用は、あくまでも船長室(キャプテンズ・デッキ)から逃げ出すための口実として請け負っているだけで、提供される衣食住の代償としてではない。そういう意味では、バートレットはいい方向に勘違いしてくれたとも言える。
(助けてもらった謝礼も正式にはまだだ。あとで改めて、ルースに申し出なくては)
 ライラは密かにそう誓った。

 とはいえ、ライラも何故バートレットがここまで頑なな態度をとるのかがわからなかった。彼の言い分で納得できる部分がないわけではないが、どうも違和感がつきまとう。彼の言うとおりにしたところで、矛先が収まるとは思えないのだ。
 ライラを見る蒼灰色の眼差しに映り込むのは、氷のように冷たい嫌悪だった。しかし、憎悪というほど熱いものも感じられない。

(単に気に食わないってことか……?)
 よくわからなかった。
 それもそうだろう。彼とは、これまで個人的に接触した覚えもないのだから。

「いい加減にしろバーティ」
 ハルが苛立ちを抑えた低い声音で言った。
「厚意だろうとなんだろうと、命令は命令だ。公平であるべきってのはお前の意見であって、それ自体は構わんよ。大いに結構さ。しかし、それをもって命令の解釈を勝手に変えるなんてな、どうなんだ?」
 バートレットの肩がわずかに揺れ、彼が一瞬たじろいだのがわかった。
 ハルのほうは、そんな彼をやや細めた目でじっと見据えている。

「ついでに言うなら、無用な(いさか)いを起こすのも禁じられてたよな。頭領の意に反してんのはどっちだ」
「……っ」
 バートレットがぐっと言葉を呑む。

 一瞬の間ができ、その隙にすかさずレオンが腰を上げた。
「それじゃあ、ライラさん。同じ作業ばかりでも飽きるでしょう。設置場所、案内します」
「え? あ、ああ」

 突然のことでライラの意識がついていかなかったが、手まで差し伸べられては無下(むげ)に断ることもできない。仕方なく、ライラは彼の手をとって立ち上がった。
「おう、それがいい。ゆっくり案内してもらってこい」
 にっ、と口の端を吊り上げて、ギルバートが後押しした。バートレットは何か言いかけたが、結局口を閉じる。

 いいのだろうか、とライラが振り向くと、角灯(ランタン)を両手に抱えたマーティンがその視界を遮るようにして立った。
「磨き終わった奴は、俺が運びますから。さ、行きましょう」
 そうやって、レオンとマーティンの二人にやや強引なくらいにライラは連れ出されてしまった。

「あのっ、二人とも!」
「いいんですよ、気にしないでください」
 ぐいぐいと引っ張られ、彼らは昇降口の階段を降りていく。降りきってハル達から完全に見えなくなったところで、レオンは立ち止まってライラの手を離した。
 振り向きざま、ライラに苦笑してみせる。

「災難でしたね」
「え……」
「あいつ、わけわかんないな。そりゃ頭領に指示された仕事かもしれないけど、ライラさんには当直義務もないってのに」
 後ろから庇うようについてきたマーティンが、唇を尖らせる。
「いっくら頭領第一だからってさ。頭固すぎ」
「なまじできる奴だけに、ちょっと厄介なんだよな」
 マーティンほどではないにせよ、レオンも困ったような表情で頷く。

 バートレットもまだ二十歳を出て間もないはずだが、聡明で腕もたつのでルシアスの評価も高いのだ、とレオンはライラに説明した。その有能さを鼻にかけるような性格ではないのだが、正しいことを主張するためというよりは、相手を打ち負かすために正論を突きつけるので、時に反発を買いやすいのだという。

「けど、それにしてもライラさんには妙に突っかかってたな。なんでだろ」
 マーティンが首を傾げると、レオンも「わからない」というように軽く首を振った。
「まぁいいさ。ライラさん、あいつの言うことは真に受けなくていいですから」
「でも……」

 まだ戸惑いながら、ライラはレオンを見た。が、レオンはさらさらと流れる黒髪の下で、いたずらっぽく片目を瞑ってみせた。
「大丈夫です。また何か言われたら俺に言ってください。ハルさんみたいな凄みはないけど、適当にかわすくらいはできます」
「え、ちょっと。なに一人で良いとこ取りしようとしてんの? ライラさん俺だって……!」
 ムキになったマーティンに、ライラは思わず吹き出した。

 二人は気を遣ってくれたのかもしれないが、確かに先ほどまでの心の靄は消えていた。
「ありがとう、ふたりとも。実を言うと、一箇所にじっとしている作業は得意じゃなかったから、引っ張り出してくれてすごく助かった」
 肩の力が抜けたライラは、二人にそう礼を言った。

 すると彼らは、はにかんだような笑みを浮かべた。やはり年頃の若者なので、異性に感謝されると嬉しいのだ。
「ただでさえ、航海に出ると運動量減りますからね。波が穏やかなときくらいは歩かないと。さ、行きましょう」
 そう言って、レオンが先を促す。
 気を取り直して、三人は船内の各所を周って角灯(ランタン)を設置する作業にとりかかった。