Brionglóid

海賊と偽りの姫

海賊と偽りの姫

海賊との再会

10

 扉が閉まると、ルシアスはふう、と長い息を吐き出した。
 最初から最後まで傍観者に徹するしかなかったロイは、少々気まずげな様子で扉の方をちらちら見やっている。
 ルシアスは疲れたようにこめかみの辺りを指でさすりながら、口を開いた。

「お見苦しいところをお見せした。どうかお許し願いたい」
「あ、いや……元はと言えば、俺が原因なのだろう。こちらこそ、申し訳ないことをした」
「それで、用件はこれで終わりかな?」
「ああ、それなんだが……

 ロイは気を取り直すように背筋を伸ばして、こちらに眼を向けないルシアスを見つめた。
「クラウン=ルース。俺が探しているのは、ひとりの少女だ。名は、リーシャという。イリーエシア・リゼル・ディオラス……。貴殿はこの船で広い海を渡り歩く身だろう? この名に、聞き覚えはないだろうか」

 そこでやっと、ルシアスはロイの方を見た。端的に答える。
「ないな」
「そうか……
「それで、世にも珍しい翠金石の瞳(スター・オリヴィン)だというんだろう。そんなのを見かけたら忘れはしない」

 素っ気無いルシアスの答えにロイは肩を落したが、その後に続いた言葉にふと目を上げた。

「貴殿らがリスティーを買い取ったのは、彼女が翠金石の瞳(スター・オリヴィン)を持つからなのか?」
「いいや」
 ルシアスは軽く首を横に振った。
「珍しい瞳だとは思ったが、連れてきたのはあくまでも踊り手としてだ。停泊中の娯楽さ。(おか)についたとはいえ、何人かの者は船から離れることはできないからな」

 ルシアスがそういうと、ロイはそこで思い出したように頷いた。
「なるほど。確かにここへ来た時、多くの者が船に残っているのは見たな。しかし、見張りにしては若干多いように感じたが」

 スタンレイが少しだけ片眉を動かしたが、ロイは別に勘繰ったわけでもなく、思ったまま口にしただけのようだった。

 ルシアスは表情を変えることなく平然と答えた。
(おか)に上がれば楽しみも多いが、その分散財してしまうんだ。うちの連中には家族持ちも少なくない、仕送りのことを考えて自重する者も多いのさ」
「ふむ。せめてもの楽しみということか。貴殿は仲間思いの船長なのだな」

 ロイは特に疑問も持たなかったのか、素直にルシアスに好感を抱いたようだった。その調子のまま、
「では、最初から彼女を海まで連れて行くつもりはなかったというのも、本当か」
 と聞いてきた。

 ルシアスは足を組み直してから口を開く。
「ああ。(おか)に住まう方々には理解し難いかもしれないが、船の生活というのは、戦闘が絡まない部分でも結構過酷でね。先程も言ったが、あのようなか弱い少女にはとても耐えられるものではない」
 ルシアスはあくまでも淡々と答える。

 海賊船に限らずすべての船に言えることだが、海上の生活は快適からは程遠いものだった。日数が経てば経つほど食料も水も傷んでいくのに、それを口にしなければ生きていけない。嵐に合えば、それすら不足することもある。常に湿気と換気の悪さにさらされ、病気になったとしてもまともな治療をしてやることは出来ない。

 航海においては、戦闘での死者よりも事故死者や病死者の方が圧倒的に多いのが現実だった。それでも船に乗るのは、果てしない好奇心と一攫千金の夢を捨てきれない者もまた少なくないということなのだろう。船乗りが命知らずと呼ばれるのはそういうことだ。

 ロイも軍人の端くれとして、ある程度は船上生活の厳しさについて想像はつくのか、神妙な顔つきになった。
「そうか……。せっかく悪どい輩の手から逃れられたのに、海で死んでしまっては元も子もないものな」

 そう呟いた後、吹っ切るように顔を上げる。
「余計なことを言ってしまったようだ。よく知りもせず申し訳ない。可能であれば、手続き終了後は彼女をこちらに戻せないかと思ったのだがな」
「こちらこそ、気を揉ませてしまってすまなかった。それも含めて、リスティーには十分な報酬を支払うつもりだ」

 おそらく、少女の涙ながらの訴えを目にして、ロイとしても罪悪感を感じずにはいられなかったのだろう。元々気の優しい男なのかもしれなかった。
 保障をするというルシアスの言葉を聞いて満足気に頷いていたロイだったが、次の瞬間、物憂げな様子で視線を落とした。

「リーシャがかどわかされたのだとしても、せめてここであれば良かったのにな」
「攫われたという確証が?」
 ちらりと眼を上げてルシアスが訊く。ロイは縋るような眼差しで目前の美貌の青年を見つめた。
「いや。だが、やはり彼女は……賊に攫われたのだと思う。でなければ、屋敷から姿を消す事など有り得ん」

 生真面目な顔つきで言い切ったロイを、ルシアスは面白そうに見やる。
「なるほど。余程大事にされていたらしいな、その深窓の姫君は。騎士が姫を求めて危険を顧みず海賊船に乗り込んでくるなどと……。まるでおとぎ話のようじゃないか」

 ルシアスはそうからかったが、ロイはそれが茶化し言葉であったとも気づかなかったようで、ただ苦悩の色濃く答えただけだった。
「ああ、確かに大事にされていた。彼女は身体があまり強くは出来ていなかったからな。起きていても半分は寝台の上で生活しているような状態だった。その姿を見かけなくなった時、病が悪化したのかと心配したものだが、まさか行方不明になっていたとは。あのような病がちの身でかどわかされ、見知らぬ土地を連れ回されていると思うと、俺は……っ」

 ロイの話し振りから、そこに『単なる知り合い』以上の感情を見出して、ルシアスは苦笑した。成る程、道理でヴェーナの名を使ってでも探し出したいわけである。
「コルスタッド殿はヴェーナの騎士なのだろう。ヴェーナの占い師達に頼んで突き止めて貰うわけにはいかなかったのか」
「それなんだが……翠金石の瞳(スター・オリヴィン)』というのは世にも稀なだけあって、何か霊的な作用を持っているらしくてな、何度やってもはっきりとは出なかったのだ。ようやく、この時期のこの街に現れるらしいと出た。だからこそ、こうして俺が来たのだが……

 ルシアスの眼が、ほんの一瞬だけ鋭い光を灯した。
 だが、相手に悟られる前に、彼はたちまちその光を押し隠した。何気ない口調で言う。

「そうは言っても、一人の人間を探すにはいくら辺境のアリオルといえども広すぎる」
「その通り。リスティーに会うだけで五日もかかってしまった。リーシャが予言通りにここへ現れていたのだとしても、もう、この街から出てしまっているかもしれない」
 落胆を隠しもせず、ロイは呟いた。ルシアスも少し考えた後で、口を開いた。

「とりあえず、今はリスティーの事に専念したらどうだ? 貴殿には常にヴェーナの加護があるのだろう。焦らずともいずれ見つかると思うが」
「ああ、焦っても仕方がない。判っている……
「俺の方でも、一応記憶に留めておこう。『翠金石の瞳(スター・オリヴィン)』など、そうそうお目にかかれるものでもないからな」
「おお、そうしてくれるか、クラウン=ルース!」

 たちまち喜色を浮かべて、ロイはそう言った。

 恐らく、彼の狙いはここにあったのだろう。都合よく、ルシアスの方から申し出てくれた事に素直に喜んでいるようだった。
 現金な奴め、とはルシアスは思わなかった。あくまでも気のいい海賊の頭領を装って、彼は言った。ぬけぬけと。

「もちろんだ。『翠金石の瞳(スター・オリヴィン)をもつ娘』の情報があれば、貴殿に連絡するとしよう」