Brionglóid

海賊と偽りの姫

海賊と偽りの姫

海賊との再会

08

 会議室に案内されてきたのは、いかにも武人然とした大きな男だった。
 黒い軍服越しでも鍛え上げられた体つきが一目で判り、かっちりした上着がどこか窮屈そうにすら見える。

 ルシアスの様に華やかな美男ではないが、濁りのない眼や引き結んだ口許が表情を引き締めており、精錬された一人の男としてならば充分に目を惹く存在だった。短く刈り込まれた錆色の髪は綺麗に整えられ、訓練された立ち振る舞いも含めて清潔感が伴っている。しかしそれは、反面、規律という名の鎖に自らをがんじがらめにさせた、融通の利かない生真面目な印象すら持たせていた。

 室内にいるのは、このロイ・コルスタッド、正面奥の壁際にルシアスとその左脇にティオ。反対の右脇には航海長(マスター)のスタンレイが立ち、入り口の所に扉番としてバートレットという青年が立っており、計五名だった。

「貴殿が……クラウン=ルースか」
 正面奥の椅子に座ったルシアスに、改まって男はそう切り出した。
 外見から得た予想を越えることのない、堅苦しい口調だった。低いというよりやや野太い感じのする声音も、型に嵌った様に良く似合っていた。
「そうだが」
 手振りでロイに座るよう勧めながら、ルシアスが短く応える。そして、余裕のある表情でロイを見つめ返した。
「用件は何かな、ヴェーナの御仁」

 ルシアスも細身とはいえ貧弱からは程遠い体躯の持ち主だが、ロイの岩のような巨体が同じ室内にあるだけで、彼も華奢に見えてしまう。しかし、その悠然とした構え方は、ロイを圧倒するだけの迫力を秘めていた。
 エディル近海では最も名の知られた大海賊を前に、やや緊張した面持ちでロイは息をひとつ吐き、口を開いた。

「お目にかかれて光栄に思う、クラウン=ルース。まず、突然の無礼を許して欲しい。私はロイ・コルスタッド、既にご存知の通り、ヴェーナ魔導騎士団『銀月の剣』に所属し第七隊隊長の役目を負っている」
 ロイは胸に手をあて、腰を折って正式な会釈をした。その後ようやく、勧められた椅子に腰掛ける。

 ルシアスは表情を崩さずにその後を受けた。
「我々のような海の者でも、ヴェーナに輝く二つの月の噂は窺っている。確か、『杖』は魔導師の一団であり、『剣』は騎士団だと記憶していたが……」
「然様。我等は主にエディル大陸内での魔導の乱用を防ぐ為の機関だが、今回は違う名目で来ている。もちろん、リズヴェル側の許可はこの通り貰った上でのことだ」

 ロイが懐から出した一枚の羊皮紙は、ハルが見たのと同じものだろう。確かにリズヴェルの国王の名が記された本物の許可証だった。ヴェーナの魔導騎士団としての権限とそれに伴う行動を認める記述がある。

 ルシアスは相変わらずの無表情だったが、控えている部下達は緊張を隠しきれずにいた。ロイの動き次第ではこちらも容赦はしないと、その目が一様(いちよう)に語っている。
 その空気を肌で感じているのか、ロイもまた表情を強張らせたまま続けた。

「そこでだ、クラウン=ルース。ぜひ協力を願いたいのだ。そちらには一切手出しをしないと約束する」
 ルシアスの脇に立っていたティオの眼差しが険しさを増したのに気づき、ロイは慌てて補足した。
「いや、嘘ではない。何せ、この件に関して『天空の蒼(セレスト・ブルー)』は全くの無関係なのだから、検挙のしようがない」

「一口に無関係と言われても、今そちらでどんな問題が起こっているのかすら我々には判らん」
 片頬にのみ笑みを乗せて、ルシアスはそう答えた。
「役人というものがその性質上、態度を変質させやすいものだということは、我々も経験上よく判っている。それが、いったい何をもって我々を『無関係』だと証明し、そちらも『手出しをしない』と言い切れる?」
「それは……」

 ロイは言葉に詰まった。咄嗟に反論が出来なかったのは、大きな組織に長く身を置く中で、確かにころころと変わる方針に、彼自身振り回された覚えがあるためだろう。

 同時に、ルシアスを他の賊のような『血の気の多すぎる単細胞』 とは一線を画す者だと悟ったようだ。ロイは一瞬感嘆の表情を浮かべ、警戒するような雰囲気そのものを引っ込めた。武人としては無防備に近い状態である。しかしこういうことが出来るという部分で、ロイは普通の役人とは違っていた。性格が良くも悪くも誠実で素直なのだろう。

 仕切り直すように咳払いをした後、ロイは苦笑を浮かべ、さっきよりも自然な口調でルシアスに話し掛けた。
「いや、失礼した。『天空の蒼(セレスト・ブルー)』が、その名に相応しい高い矜持(きょうじ)を持っていることを失念していたようだ。ここは、包み隠さず全てお話することで貴殿らへの信頼の証としよう。本当に申し訳なかった」

 素直に頭を下げたロイを見て、ルシアスが、ふっと微笑(わら)った。
「変わった御仁だ」
「よく言われる。だが、こちらも急いでいるのでね。形振りに構っていられないというのもある」

 大真面目にロイはそう言った。それから、やや言いにくそうに切り出した。
「貴殿と面会する為にヴェーナの名を使ったが、実は、今日は俺……あえてそう言わせてもらうが、俺個人の用事で来たのだ。それゆえ、ヴェーナの介入はなく『天空の蒼(セレスト・ブルー)』が無関係なのだ。その上でクラウン=ルース、貴殿の協力を仰ぎたいのだが、どうだろう。俺個人の願いでは、聞き届けてもらえないのだろうか」

 ルシアスを除く海賊達は、互いに視線を交わしあった。
 予想していない話だったのと、話そのものの真偽についての意見を求めたのだ。しかし、今のところロイが嘘をついているようにも見えない。つく理由も見当たらなかった。作り話にしては、内容があまりにも突拍子もないものだった。

「……『翠金石の瞳(スター・オリヴィン)をもつ娘』を捜していると聞いたが」
 ルシアスの言葉に、ロイは更に感心したような顔をした。
「ご存知だったのか。噂には聞いたことがあるが、さすがだな、海賊の情報網というのは」
「まあ、な」

 微笑して答えるルシアス傍らで、密かにティオは安堵していた。
翠金石の瞳(スター・オリヴィン)をもつ娘』を探していたのはヴェーナではなくロイ個人だった。それならば、万が一強硬手段に出られたとしてもこちらで対応できるかもしれない。

 ルシアスは勿体つけたような態度で言った。
「確かにこの船には翠金石の瞳(スター・オリヴィン)をもつ女がいる。身元は知っているだろうが……」
「アリオルのカリガンタ地区にある居酒屋にいた、リスティーという名の舞姫だろう。頼む、会わせて貰えないか」
「会って、どうなさるおつもりかな?」

 ルシアスの問いに、ロイはやや躊躇(ためら)うような素振りを見せた。
「その……言い(にく)いんだが、一旦こちらで保護させてもらいたいのだ。貴殿らが正式な契約の下に彼女を引き取ったという事は聞いている。だが、例の居酒屋の方にいくつか容疑がかかっていてな……どうもあれこれと不正を働いていたらしい。ひとつひとつ裏を取るのもひと苦労という状況だ。実際、俺もあちらにリスティーとの面会を申し込んでいたのだが、一杯食わされてこの(ザマ)でね」
「成る程。そういえば、元は旅一座の花形だと言っていたな。それが何故あんな寂れた居酒屋の踊り子なんぞやっているのかと、いささか疑問に思っていたところだ」

 ロイはじっくりと頷いた。
「個人的な目的の為とはいえ、表向きはヴェーナの使者だ。お陰でリズヴェル側から余計な仕事を押し付けられてしまったのだが、いずれにしろ確認はしなければならない。不正は正されるべきだからな。……彼女に会わせて貰えるだろうか、クラウン=ルース」

 謙虚な姿勢でそう言うロイを、まるで試すような眼で眺めた後、ルシアスは傍に控えていたティオを見た。
「……リスティーをここへ」
「アイ、サー」
「ありがたい。恩に着る、クラウン=ルース」
 部屋を出て行くティオを横目に、ロイはほっとしたような表情で礼を述べた。