Brionglóid

海賊と偽りの姫

海賊と偽りの姫

海賊との再会

07

「この辺でリスティーを知らない者はいないのに、ロイ・コルスタッドは『翠金石の瞳(スター・オリヴィン)をもつ娘』という言葉を使い続けた。つまり、彼は『舞姫リスティー』ではなく『翠金石の瞳(スター・オリヴィン)を持つ誰か』を探していたんじゃないですか」

 ティオは改めて、自分の推測を述べた。ルシアスは、年若い部下の意見を一笑することもなく、むしろ身体の向きを変えて正面からティオに向き合った。

「ライラを追ってきたんじゃないか……そう言いたいのはわかるが、ライラであるという証拠も今のところない」
「それは、そうですけど……
「奴は結局リスティーにすら会っていない。実際のところどうなのかは、蓋を開けてみないとわからん」

 ティオはこの日、例の居酒屋の主人の始末をする前に、雇われた破落戸(ごろつき)を捕まえて事情を一通り吐き出させていた。
 ロイはアリオルに来てからまず、リスティーに会おうとしたようだ。しかし前金の受け渡しがあったにも拘らず、それは叶わなかった。

 実はそれまでも、リスティーを買おうという者はちらほらといたらしい。

 居酒屋の主人は、相手が金持ち商人程度の場合は絶対に首を縦に振らなかった。逆に、港で働くその日暮らしの荷役人足程度であれば、彼らに身請けの金が貯まるよう仕事を紹介するなどと気前のいい事を言って、毎晩酒を飲ませ、その金も足りなくなれば貸しもした。店に通ううち、いつまで経っても仕事の話など来ないことに気づいた時には、すでに借金まみれで首が回らなくなっている。意中の舞姫が手に入らないどころか、最終的にはただ同然でこき使う船に自身が売り払われてしまうのだった。
 あの店の主はそんなことを繰り返して小金を稼いでいたのだが、ここに来て間違いを犯してしまった。

 ルシアスの正体と提示された金額に圧倒され、彼からの身請け話を承諾してしまったのである。

 もちろん彼の支払った額は相場からすれば十分すぎる程だったが、後になって店の主は後悔した。
 リスティーは、延々と金を生み出す魔法の杖のようなものだった。一度売ってしまえば、当然それがなくなる。
 居酒屋の主人は、楽に金が入り込んでくる状況にすっかり慣れてしまっていたのだ。何とかリスティーを取り返せないかと思案している最中に、ロイが訪れた。

 会うだけでいいというロイに、会わせるだけなら何とかなるかもしれない、と安易に考えて前金を受け取ってしまった。

 実際には事はそう簡単な話ではなかったわけだが、追い詰められた彼の前に現れたのがちょうど街を訪れたライラだった。あまりの幸運に、店の主は天啓でも受けた気になったかもしれない。
 昼食を求める彼女が知らずの内に店に誘導され、リスティーの身代わりにさせられかけた。それが、どうやら真相らしかった。

「目的は本当にリスティーだったのかもしれない。あるいは、ライラだったのかもしれない。だが、『翠金石の瞳(スター・オリヴィン)』だったら誰でも良かった、という見方もできる」
 ルシアスはそう言った。ティオは、宝石のような色合いの瞳を思い浮かべて、唇を噛んだ。
「そりゃあ、ライラさんの目を綺麗だなーって思ったことはありますけど、だからなんだって言うんですか。それ以外は、リスティーだってライラさんだって普通の人間ですよ」
「そう思わない輩も多いのは知っているだろう。お前の考え方は正しいが、世間から見れば希少だ」

 やや感情的になったティオに対し、ルシアスはあくまでも冷静に言った。

 航海技術の発展とともに拡大を続けてきた奴隷市場は、人道主義的な面からの批判を受けながらも今なお盛んだった。大半が労働力としてのものだったが、愛玩用としての需要も一定量あり、しかも後者の方が数が少ない分高値で取引された。それらは見た目の美しさや希少性で価値が変わるので、世にも稀と言われる瞳を持つとあらば、欲しがるものは少なくなさそうだった。実際、リスティーを引き取った際にはルシアスも破格の金額を支払っている。

「まあ、ヴェーナが毛色の違った女奴隷を欲しがっているとは考えにくい。おそらく別の理由だろうな」
「別の、理由……
 ティオは考え込んだ。そんな理由なんて思いもつかなかった。

「確かなのは、そのロイ・コルスタッドという男の狙いがはっきりしない以上、こちらからは迂闊に手が出せないということだ。まして、そいつがヴェーナの人間だというのであれば」
 ティオが船に戻って報告を済ませた時も、ルシアスは同じ結論を出した。相手が魔導に携わる人間であるなら、普通の人間がどれだけ想像を巡らせた所で限界がある、と。

 ルシアスの考えが恐らく正しいのだろうと思いつつ、ティオは少し俯いた。
「判ってます。でも……
 どうしても、一抹の不安がティオを捕らえて離さないのだった。

 ヴェーナは魔術や占術の最高峰だ。ライラも類稀なる翠金石の瞳(スター・オリヴィン)の持ち主には違いなく、リスティーがいなくなったとしても結局あの居酒屋には『翠金石の瞳(スター・オリヴィン)の娘』という存在が維持された事になる。『アリオルの居酒屋』と『翠金石の瞳(スター・オリヴィン)をもつ娘』という条件は揃っている。もし、彼の探しているのがリスティーでなかったのだとすれば……

 ルシアスはどうするつもりなのだろう。ティオは尊敬する頭領の顔を見た。
 ロイ・コルスタッドがここへ来たとして、その後手ぶらで帰るとは思えない。エディル大陸全土に影響力を持つ魔法都市として、法的に正式な手続きを踏んで乗り込んでくる可能性もある。魔導を使われないとも限らない。それに対抗する手段はあるのだろうか。

 それ以前に、ヴェーナと事を構えるのは上策ではないと、既に結論を出してあるのかもしれない。今までだって、『天空の蒼(セレスト・ブルー)』の為に自分を犠牲にしてきた人だ。もし要求されたら、黙って渡してしまうのだろうか。リスティーとライラの二人を。

 ティオとしては、ここであっさりライラの身柄を渡してしまうような事態は考えたくなかった。だが、だからといってリスティーを渡すことにも抵抗がないわけではなかった。
 数日間を共に過ごして、ティオは彼女の抱いている想いに気づいてしまった。
 年頃の娘らしい、あの甘酸っぱい感情に。

…………
 黙ってしまったティオの頭を、伸びてきたルシアスの手がくしゃりと乱暴に撫でた。
「あまり考え込まなくていい。何とかなる」
 そこに立っているルシアスは相変わらず頼もしげだった。ティオは「アイ」と頷いて、自分を欺く事にした。

 そこへ、二人の立っている狭い廊下の先に、ハルという名の青年がのっそりと現れた。
 年の頃はルシアスより若干上の三十代前半で、この船で掌砲長(ガンナー)を務めている男だ。鍛えあげられた大きな体躯をしている上、頬に刀傷があるなど威圧的な外見をしているが、気さくで面倒見がいいので、下の者とルシアスとの中継ぎ役となっていた。

 ハルは自分の後方、上甲板に続く階段の方を親指で示した。
「ルース。お前に客だ」
「客?」
「コルスタッドって奴。とりあえず外に待たせてる」

 ルシアスの斜め後ろで、ティオは身体を緊張させた。早い、もう来た。

「いけ好かない野郎さ。あいつ、ヴェーナの人間だぜ。政府の令状なんか持ってやがる」
「それはそれは……

 ルシアスは余裕すら窺える様子で呟いた。が、反対に、気持ちよく酒を飲んでいるのを邪魔されたらしいハルの方は、やや不快気に言い捨てた。
「用件は早く済ませてくれ。この船に陸のお偉方がいると思うと、どうも居心地が悪い」
「判った」

 さっさと身を翻してしまったハルの背中を見送るルシアスの顔を、ティオは横から見つめた。
「どうするつもりですか」
「リスティーを呼んでおけ」
……はい」
 ティオは小さな胸の痛みを覚えた。だが、ロイはまずリスティーに面会を求めるはずだ。仕方ない事である。

「それから、乗組員に招集をかけろ。交代で仮眠をとって夜明けまでに酒精(アルコール)を抜くように」
「えっ……

 ティオは思わず訊き返してしまった。
 しかし言われてみれば、今夜は前もって外出を制限され、酒も濃度の薄いエールのみと言い渡されていた。

 もともと、脱走の心配がない『天空の蒼(セレスト・ブルー)』では、申請すれば上陸も認められたし、停泊中の行動については比較的自由だった。その中で、機敏性を求められる場面ではそういった行動を制限する命令が出されることもしばしばあり、何も驚くほどの事ではない。
 だが今回は、その意味するところによって嫌な予感がティオの背中を駆け上っていった。

「どうした」
 ルシアスが、怪訝そうな顔をする。

「あ、いえ……りょ、了解です。あの……でも、それってまさか」
「ああ。失敗すればヴェーナの不興を買うかもしれないな」
「いえ、そうじゃなくて、あの」
「そうだ、ライラのことだが……

 ルシアスはティオの言葉を何食わぬ顔で遮った。故意にやっていることはまず間違いない。
 彼は、不敵な微笑みと共にさらりと告げた。

「あの部屋には誰も近づけないよう、見張りを置く。あいつを無防備な状態で寝せておく訳にもいかないからな。厳重な守りの中で、心置きなく休んでもらうとしよう」
……

 半ば唖然とする思いで、ティオは頭領の言葉を聞いていた。
 命令全体を眺め渡せば、ルシアスのやらんとしている事は自ずと見えてくる。
 部下として、従わざるを得まい。だが、しかし。

「ちょ……ま、待ってくださいっ! いいんですか? だって……そ、そんなことしたら……俺達ライラさんに殺されちゃいますよ!?」
「俺はあいつの信用を取り戻そうとしているだけだ。『天空の蒼(セレスト・ブルー)』の名にかけて、誰であろうとあいつに手出しはさせない。……当然だろう」
 平然と言ってのけるルシアスに、ティオは眩暈を覚えた。

 違う。何かが違う。

 第一この船の奥深くにありながら、いったい何処の誰がライラに手出しできるというのだ。
 まあ、ヴェーナの魔導師ならば可能かもしれないが、その場合は見張りを置いたところで変わりはない。つまりこれは、見張りは見張りでも、その対象が違うのである。

 ティオが思うに、ライラがなかなか自分達に対して警戒を解いてくれないのは、頭領の性格に多大な問題がある為ではないのか。
 が、正面からルシアスにそう告げられるほどティオの心臓は丈夫には出来ておらず、結局、下を向いて呟くに留まった。

「悪魔……
「何か言ったか」
「ネイ」

 顔を上げて答えると同時に、ティオは頭の中身を入れ替えた。こうなったらもう、腹を括るしかない。
「判りました。早速そのようにします」
「頼んだぞ。済み次第、お前も会議室へ来い」
「アイ、サー」

 背を向けて歩いていくルシアスの姿を見送りながら、少年は溜め息をついた。

 最早ライラの怒りは避け様がないだろう。嫌われたいわけではないのに、どうしてこうなってしまうのか……
 そして彼も自分に与えられた仕事をすべく、階下へと向かった。
 だが、その足取りが然程重くなかったのは、ティオ自身が心の何処かで、この処置に安堵している所為かもしれなかった。