Brionglóid

愛しの君に剣の誓いを

愛しの君に剣の誓いを

09

「口ほどにもないな」
 ふふん、と馬上から敗者達を見下ろして、ウェインが笑った。

「でも、追っ手がこれだけとは到底思えない。いちいち相手にするのもきりがないだろう。王都は遠い。援軍を要請する使いは出ているが、おそらく到着までまだかかる。先を急いだ方がよさそうだ」
 同じく、馬の上から追っ手の騎士たちを眺めながら、アンディがそんな慎重論を出した。
 ラスティに任せたとはいえ、やはりローザの身が気になるのだろう。

「俺は……別にあんた方を疑うわけじゃないがな。でも正直な話、未だに信じられない。樫の賢者(ドゥルイド)の称号を得た賢者ともあろう者が、そんな軽率な事をするなんてのは」
 と言いながら、ウェインはクラレンスに目で問いかけた。そのクラレンスは、短く嘆息して兄に答えた。
「しかし、確かに彼女の身体には、ほんの僅かに年季の入った魔詩(まがうた)の痕跡がある……。残念だが、紛い物ではなく本物のルーンだ。余程嬉しかったのだろうな、その森の隠者殿は」
 それを聞いたウェインが、あっちゃー、と呟いて頭を掻いた。

 何か信じられないものでも見たように、アンディは目を見張った。実際、彼は今信じられないようなものを目にしたのだ。
「あなた方は……ルーンを解されるというのか!? 賢者でも、詩人でもないのに……?」

 それには答えず、ウェインは何気ない口調でアンディに言った。
「なあ。おまえら二人がさっさとくっついちまえば、はっきり言って問題ないんじゃないのか?」
「な……っ。何を」
「だってさ。あのお姫さんだって、あんなにお前のこと信頼してさ。あんただってあの子のこと、大事に思ってるならそうすべきじゃないのか? まあ、一応向こうは主人なわけだから、いろいろあるかもしれないが」

 ウェインの提案に、真っ赤になって照れるかと思われたアンディは、しかし苦悩の色を滲ませて俯いた。
「……。それは、出来ない……」
「はあ? 何言ってるんだよ。大事なお姫様が何処の誰ともつかない男に追っかけまわされるのは、あんただって嫌だろう。今回何とかコリィンの奴らを追っ払ったとして、また第二第三ってのが出てくる。あんたがその幸運とやらを手に入れれば、全部丸く収まるはずだし、他の奴らも諦めがつくんじゃねえのか?」
「出来ないものは出来ない」

 頑ななアンディの態度に、思わずむっときたウェインは、馬を誘導して歩かせながら皮肉混じりに言ってやった。
「見上げた忠誠心だな。大事な姫様の為に、王子様まで探してやるつもりか」
「…………ッ」

 その頬に淡い朱を走らせたアンディが、何かを言い掛けてその言葉を呑み込んだ。ぐっと唇を噛んで、手綱を繰った。
「どうとでも言えばいい。私はそれでも、姫の騎士だ」

 言い捨てて、ウェインを追い越して森の中を駆けていく。その後姿を眺めながらウェインは「けっ。気取りやがって」と吐き捨てた。
「いくら剣が強くたって、根性なしじゃ姫君の騎士は務まらないんじゃないのかね」
「……根性がないわけじゃない」
 と、それまでずっと黙っていたクラレンスがやっと口を開いた。

 馬を寄せてきた弟をウェインが振り返ると、クラレンスは呆れたような表情で兄を見返した。
「いくらなんでも、女同士で結婚は無理だろう……」
「……え?」
 耳を疑って聞き返した兄を置いて、クラレンスもまた、馬の腹を蹴ってアンディの後を追ったのだった。